投稿作品sanuki story project
62「不便の中にこそあったうどん屋巡りの喜びや楽しみ」
東京都 生西聖治さん
その他 友人ネタ・うどんネタ・青春モノ
身長180㎝前後。体重は80キロ以上。そんな大柄な男4人が、日に焼けてすっかりくすんでしまった白い軽自動車に乗り込んだ。
学生時代、週末になると、決まったメンバーでうどん屋を6軒ほど回っていた。1日で6軒ではない。11時半から13時までのランチタイムだけで6軒だ。茹で上がり直後の最良の麺をたべようとする拘りだった。
4人が車に乗り込むと、車高がガクンと下がる。駐車場から大通りに出るまで、急な上り坂があり、大きな男4人を乗せた車のエンジンは、いつもしょっぱらからフルスロットルだった。冬場は4人が乗り込んだ瞬間に窓が曇りだし、「おまえら熱出し過ぎや」と、助手席の人間が急いでフロントガラスを拭くのが常だった。
その軽自動車はオートマのくせに、ニュートラルに入れずブレーキを踏んでいるとエンストする困った奴で、中央道路の右折待ちでエンストし、ドライバー以外の3人が急いで降りて車を手押ししたこともあった。
そんな車を好んで使っていた理由は、小回りが利いて、どこにでも駐車ができたからだ。僕たちが学生の頃は、カーナビなんてモノは普及していなかったし、ネットで店舗情報を検索しながら回る習慣もなかった。うどん屋情報の主な仕入れ先は「おそるべき讃岐うどん」で、そこに掲載されている地図は恐ろしく簡易的だった。「さっきうどん屋らしきものがあったぞー。」「行き過ぎ行き過ぎ。」「今の道違うかったかぁ?」と、車を出したり入れたり、ぐるぐる回しまくって、目的地を探すことがほとんどだったので、コンパクトな車の方が、都合がよかったのだ。
あまり大きな声では言えないが、人様の家の壁に擦ったり、盆栽をパリンパリンパリンとなぎ倒したりもして、「やばいやばい、はよー車だせー」という事もあったので、おんぼろの方が遠慮なく冒険できるという面もあった。
一時期の爆発的な讃岐うどんブームは下火になったが、讃岐うどん文化は形を変えて根付いている。県外から来る人も、盆・正月に帰郷してうどん屋を回る人も、カーナビやネットの普及で、新しいお店探しでさえ苦労しなくなったし、辿り着くまで迷うこともなくなった。
ただ、私の気持ちとしては、便利になって得た効率的なうどん屋巡りよりも、不便だからこそあった楽しみや喜び、知恵、交流、推測力などの方が愛おしく、少し切ない。
学生時代、週末になると、決まったメンバーでうどん屋を6軒ほど回っていた。1日で6軒ではない。11時半から13時までのランチタイムだけで6軒だ。茹で上がり直後の最良の麺をたべようとする拘りだった。
4人が車に乗り込むと、車高がガクンと下がる。駐車場から大通りに出るまで、急な上り坂があり、大きな男4人を乗せた車のエンジンは、いつもしょっぱらからフルスロットルだった。冬場は4人が乗り込んだ瞬間に窓が曇りだし、「おまえら熱出し過ぎや」と、助手席の人間が急いでフロントガラスを拭くのが常だった。
その軽自動車はオートマのくせに、ニュートラルに入れずブレーキを踏んでいるとエンストする困った奴で、中央道路の右折待ちでエンストし、ドライバー以外の3人が急いで降りて車を手押ししたこともあった。
そんな車を好んで使っていた理由は、小回りが利いて、どこにでも駐車ができたからだ。僕たちが学生の頃は、カーナビなんてモノは普及していなかったし、ネットで店舗情報を検索しながら回る習慣もなかった。うどん屋情報の主な仕入れ先は「おそるべき讃岐うどん」で、そこに掲載されている地図は恐ろしく簡易的だった。「さっきうどん屋らしきものがあったぞー。」「行き過ぎ行き過ぎ。」「今の道違うかったかぁ?」と、車を出したり入れたり、ぐるぐる回しまくって、目的地を探すことがほとんどだったので、コンパクトな車の方が、都合がよかったのだ。
あまり大きな声では言えないが、人様の家の壁に擦ったり、盆栽をパリンパリンパリンとなぎ倒したりもして、「やばいやばい、はよー車だせー」という事もあったので、おんぼろの方が遠慮なく冒険できるという面もあった。
一時期の爆発的な讃岐うどんブームは下火になったが、讃岐うどん文化は形を変えて根付いている。県外から来る人も、盆・正月に帰郷してうどん屋を回る人も、カーナビやネットの普及で、新しいお店探しでさえ苦労しなくなったし、辿り着くまで迷うこともなくなった。
ただ、私の気持ちとしては、便利になって得た効率的なうどん屋巡りよりも、不便だからこそあった楽しみや喜び、知恵、交流、推測力などの方が愛おしく、少し切ない。
