sanuki story project

331祖母の願い。 香川県  匿名希望さん
悲しい話
もう十数年前のことです。休日に祖母が「すまんけどな、ちょっと車を出して欲しいじゃかの~」と。「どこ行きたいん?」「その前に、そこの商店よってつか。仏さんの花買いたいけん」
祖母の言うとおりに半分閉まりかけた商店で仏さん花を買い求めました。
「次の信号を曲がって、その小さい坂道上がって」と祖母のナビで着いたのは、丘の斜面に沿って作られた戦没者墓地でした。その墓地は地域の方々が大切にされているようで、清掃が行き届いていて清浄な穏やかな空気が流れていました。
足の悪い祖母に代わって花を持ち、バケツに水と柄杓を入れ、祖母の手を繋いで一番上の段のお墓の前に立ちました。
「誰のお墓?」「これはな、おばあちゃんの恋人のお墓なんよ。嫁に行こうとおもっとったんよ」戦争の終わりかけ、赤紙で招集されて満州かあの辺で流れ弾にあたり亡くなった、もうすぐ帰国するはずだったのに運のない人だった、と。
一人息子の跡取り息子で、その人のお母さんは嘆き悲しんで自害された、妹さんがいたが他県に嫁いで、その人の家は絶えてしまった。先日、大阪からその人の親戚が訪ねていらっしゃって「香川の家を処分することになって片付けしていたら、仏壇から遺書や母・妹・Kさんという恋人あての手紙が出てきまして。文集にまとめたんです。で恋人のKさんは、こちらのおばあさんの事ではないでしょうか」と。
文集を受け取った祖母は、いつも気丈なのにその時はポロポロ泣いたそうです。
「おばあちゃんが死んだら、その文集をお棺に入れてな」
去年、祖母は家族に看取られて亡くなりました。お葬式、たくさんの花に囲まれた祖母は納棺師さんにお化粧されて綺麗でした。その花の下に、そっと文集を入れて。
昔気質の祖母は恋人のお墓参りをしたくても、祖父の手前、筋を通してお参りしなかったのでしょう。お参りする人がいないお墓は、寂しいものです。盆・正月、花のないお墓はかえって目立ちます。祖母が私にだけ恋人のお墓の場所を教えたのは、「お参りしてほしい」と願いだったのかもしれません。もうすぐ夏。お墓参りに行こう。花でいっぱいにして、賑やかにするんだ。