sanuki story project

52蝉採り父と帽子嫌いの僕 東京都  平池と前池さん
その他 家族ネタ・子ども時代
 小学生低学年の夏休み、父が「セミでも取りに行くか」といった。僕はその時サイダー味のアイスを口に咥え当時飼っていたミドリガメを手に乗せて遊んでいた。
そこで麦わら帽を被り網と籠をもって父の自転車の荷台にまたがったということは、ない。
僕らはお互い言わなくてもわかるだろといった風に何も持たずに車に乗りこんだ。父は暑がりで刺さるような太陽光を長時間浴びるとへばってしまうし、その息子である僕も暑がりかつ出不精で生っちろく網や籠なんか持っていなかった。その上大の帽子嫌いでチクチクする麦わら帽なんて論外だった。
 ホームセンターに着いて車から降りると父は愛用の黒いキャップを被った。これは帽子嫌いの僕には理解不能だった。ただでさえ暑いのに帽子なんて被ると頭の中が蒸れて気持ち悪いのにと思っていた。キャップは汗染のせいでもう元の色はわからなくなっているが、父は夏に外に出るときには必ず被っていた。籠と網を買い車に戻る途中で父が買い忘れたと言い、戻ってきたその手に持っていたのは父が被るのには小さ過ぎる麦わら帽だった。
 仏生山公園に着いて父は僕に麦わら帽を被せようとしたが、それを見越して僕は網と籠を持って車外へ飛び出していた。蝉は一人では思うように取れなかった。背と網を目一杯伸ばしても蝉に届かず、嘲笑われるだけだった。父と交代するといとも簡単に捕まえ、もう一羽捕まえようとしたときに蝉の小便をかけられた父の悲鳴が聞こえた。僕は普段聞くことのない情けない父の悲鳴を聞いてお腹をかかえて笑うと、父もつられて笑い出した。そこからは父と一緒に肩車してセミを取れるだけとった。籠一杯になったセミはとても喧しかった。父が逃がしてやりなさいと言い惜しい気持ちになったけれど持って帰ったところで仕方ないので、籠を開けると蝉達は勢い良く飛び出した。
 日も暮れかけて喉が渇いて、近くの商店に飲み物を買いに行った。商店は公園に接する平池の向こうで距離があったが、車を使わずに歩いて行った。
 店内は空調が効いていてとても涼しかった。お店の軒先で平池を眺めながら父はお茶を、僕はジュースを飲んだ。赤く染まる景色に法然寺の鐘の音が響いた。日陰で風通りのよいベンチで、父は黒いキャップを脱いだので僕も帽子を脱いだ。僕はその時いつの間に麦わら帽をかぶっていたのか覚えていないけれど、その時初めて帽子も悪くないと思った。