sanuki story project

295遠き思いは今でも   香川県  カズンさん
不思議な話
それは夏と呼ぶにはまだ少し早い昼下がりでした。ある映画の撮影で香川の港に面した町での不思議な出来事に出会ったお話です。

そのメインのロケ地は廃院と旧船着き場跡での撮影でした。廃院は通常曰く付きな物件とよく云われますが、今回はそう言う噂も聞かず撮影は快調に進んでいました。そんな終盤に差し掛かったある日、制作美術のひとりが肩こりと腕の痛みそして頭痛を発し訴えたのでした。しかし誰もがそれは単なる疲れだろうと思っていました。ですがそれ以来当人はその廃院での撮影には外での作業のみで決して院内には入らなくなりました。その後助監督も寝込んでしまう事態や軽傷とはいえ幾つかの出来事が重なったのです。誰もが過酷な撮影現場での体調不良が原因だと思うのでした。

ロケ先は変わり旧船着き場での制作美術による撮影前準備中でのことでした。それは館内で作業しているのにも関わらず外を誰かが歩いている気配を感じたのです。周囲には民家もなくまして撮影部はまだ到着すらしていません。ひとりが今外に居た?と尋ねたのでした。ずっと一緒に居たじゃないと答えると確かに誰かが歩いていたと…。暫らくして再び外には人の気配が。板張りドアの隙間から見えたのは……紛れもなく軍服にリュックサックを背負った兵士の姿だったのでした。

その後聞いた話に因れば廃院は嘗て軍関係の医院であり旧船着き場は、そこから戦地へそして復員兵たちの帰港の船着き場だったそうです。帰れない無念と戦地へ赴けなかった思いは今でもまだそこには彷徨っていたのかもしれません…。

廃院も旧船着き場もその地へ踏み入れた時にひんやりとした冷気が背中越しに感じたのは誰も口にせずとも決してひとりじゃなかったはずだと思うのでした。