sanuki story project

292ぼくの「忘れ得ぬ人々」 香川県  匿名希望さん
感動した話
僕は中二の不登校。六月のある日、両親に車で山に連れていかれた。小簑を通って虹の滝キャンプ場へ。二人はテントを張りキャンプの用意を始めた。「あー捨てられにきたんとちゃうかった。」三人でバーベキューを食べ、終わったころから雲行きがおかしくなり、テントの中で雷鳴を聞いた。夜も深まった頃、日よけパーカーのポケットの中の文庫本を出した。「忘れ得ぬ人々」父ちゃんの本棚でほこりをかぶっていた本だ。題名が気になって読もうとしたけど、けっこうかったるい。本をちらっと見た母ちゃんが話し出した。
「あんたが生まれる前、母ちゃん車で牟礼に勤めにいっきょったんや。山のきぶい坂を通ってトンネルを越えてな。そのトンネルの手前に大っきょい銀杏の木が一本はえとっての、その下に、お地蔵さんを祭った小さいお堂があってな。朝、いっつもそこに車椅子のじいさんがおったんや。この坂、どやって登ったんやろと思いよった。それでの、その銀杏がきれえな黄色になった頃、そのじいさん、赤ん坊を抱いて車椅子乗っとっての、車で通るみなが、にこにこして見よったわ。」
「じいさん、赤ん坊、落とさんかったんかの?」
父ちゃんがゆうた。三人でわろた。
その晩、狭いテントで夢を見た。小簑の里の道にそうて、蛍が霧みたいに光っりょんや。その向こうで、誰か面白そうにわらいよんや。僕はそこに行こうとしよんや。