sanuki story project

273栗林トンネルの夜 香川県  匿名希望さん
不思議な話
車が動かなくなった。
ーー浪人生だった1997年の冬。

栗林トンネルは心霊スポットだ、なんて聞いていたが、
本当にあるんだ、こういうこと・・・。

「困ったなぁ・・・深夜に車なんて通らないよなぁ。」

ジャンパーの襟をおさえながら、車の外に出る父。
私も、弟も、それに続く。

「とりあえず、3人で邪魔にならないところまで車を押していこうか。」

午前2時過ぎのトンネルは、深々とした靄に包まれている。

私は異常なほどに落ち着いていて、眠そうな弟と顔を見合わせた。
無言で押す車の重たさすら感じられない闇。

市民病院まで、あとどれくらいの距離があるんだろう。

白い息を吐きながら、三叉路の脇に車を押しやり、
他の車が通るのを待つ。
襲いかかってくるような木と、その間から見える白い息。

5分後、いや20分は経っていたのだろうか。
奇跡的にトンネルの向こうに灯りが見えた。

「お父さん、あれ、車じゃない?」
「停まってくれるかな・・・」
「手を振ってみる?」

ピカピカに光った大きな車は、トンネルの中盤からスピードを落とし、
3人の前に停まった。
スーッと窓が開き、若い男女が顔をのぞかせる。

「どうされました?」

もう、私たちは3人とも興奮して、口々に、
「すみません、市民病院までお願いできますでしょうか。車が止まってしまって。」

というようなことを、叫んでいたと思う。

「ああ、そういうことでしたら、良いですよ。」

後部座席は暖かく、私と弟は手をこすった。
若いカップルは、闇の中で手を振る親子3人にさぞかし驚いたことだろう。
ここでやっと、私の胸がドキドキいい始めた。
間に合うんだろうか。

父は少しだけ他愛のない世間話をして、何度も御礼を伝えた。
連絡先を聞こうとしたが、運転をしていた若い男は、
穏やかに首を横にふった。

「それより、早く病室へ。」

それから後のことは、あまり良く覚えていない。
涙で崩れ落ちながら、お寺の電話番号を調べる母。
病院の医師と熱心に話をする叔父。
「家へかえりたい」という祖母の乱れた筆跡。

ただ、その祖母の臨終が告げられたのが、
あのトンネルで車が止まったのと同じ時刻だったというのは、
20年以上経った今でも、偶然には思えないのだ。