投稿作品sanuki story project
202おばあちゃんの食堂
香川県 今川キヌエさん
その他
私の祖母は、瓦町駅の東口から少し離れた、線路の見える通りで食堂をしていた。引き戸であける入り口。台所には小窓が付いていて通りを歩く人が見える。店の中には小さなテレビとピンク色の公衆電話。ご飯はかまどで炊いていた。おかずは“いただきさん”が売りに来る魚をその日に買い、煮つけたり焼いたりしたお魚と野菜を炊いたものとかが、小さなガラスのケースに入れられていた。白い漆喰の壁には赤い縁取りの白い短冊に「中華そば」「ごはん小」「汁」などのお品書きが貼られていた。木のテーブル席が4つと4人ほど座れる小上がりの畳のコーナー。
小さなお店が満席になるところを見た事はなかったけれど、サラリーマンや作業着を着たおじさん、近所のおばさんが食べに来ていた事を覚えている。
土曜日は母と店に行き、お茶を出したり「いらっしゃいませ」と大人ぶって手伝っていた小学生時代。いとこ同士で店の中でおしゃべりをしてよく母に「店の外で遊びなさい」と叱られた。夏休みには子供同士で小上がりの畳のコーナーに布団を敷いて寝た事もある。
私が高校生ぐらいから、店のご飯は電気炊飯器で炊くようになり、お客さんの数も減ってきたように思う。
祖父や店を手伝っていた叔母が亡くなった後も店を続けたがっていた祖母だが、周りの説得で店を閉めた。
誰も住まなくなった食堂付きの家は、今はアパートが建っている。
しかし、私には祖母の店が…「びぜんや」と白ぬきの渋い茶系の暖簾と小窓から漏れるオレンジ色の温かなライトが見える。その向こうでお客さんから注文を受けた中華そばをうれしそうに作る祖母の顔が今でも見える。
小さなお店が満席になるところを見た事はなかったけれど、サラリーマンや作業着を着たおじさん、近所のおばさんが食べに来ていた事を覚えている。
土曜日は母と店に行き、お茶を出したり「いらっしゃいませ」と大人ぶって手伝っていた小学生時代。いとこ同士で店の中でおしゃべりをしてよく母に「店の外で遊びなさい」と叱られた。夏休みには子供同士で小上がりの畳のコーナーに布団を敷いて寝た事もある。
私が高校生ぐらいから、店のご飯は電気炊飯器で炊くようになり、お客さんの数も減ってきたように思う。
祖父や店を手伝っていた叔母が亡くなった後も店を続けたがっていた祖母だが、周りの説得で店を閉めた。
誰も住まなくなった食堂付きの家は、今はアパートが建っている。
しかし、私には祖母の店が…「びぜんや」と白ぬきの渋い茶系の暖簾と小窓から漏れるオレンジ色の温かなライトが見える。その向こうでお客さんから注文を受けた中華そばをうれしそうに作る祖母の顔が今でも見える。
