sanuki story project

1月とレントゲン 香川県  匿名希望さん
不思議な話 家族ネタ
私が大学の夏休みに実家に帰ると、知らないおじさんが家の中に入ってきた。
その人は、本で顔を隠しながら2階の階段をあがっていった。
私は驚かず、「またか」と思った。うちの母は、犬でも猫でもDVを受けている女性でも拾ってきてしまう癖がある。

そのおじさんは、わが家に溶け込んでいった。旅行会社の社長をしているらしい。
詳しいことは聞かなかったが、自分から話す話は武勇伝や自慢話がほとんどだった。
お姉さんが大金持ちで今だによくお小遣いをくれること、妻は脳腫瘍で亡くなったことなどは、母に話していたらしい。

私は地元に帰り、就職した。
北山さんの存在もあまり気にならなくなってきた。ただ、ある時から北山さんの様子に変化が現れた。
ツヤツヤの黒髪に白髪がまじるようになり、無精ひげも生え、家から出なくなり、前歯も抜け、近づくと臭うようになった。
母も最初は、「 病院に行け」と忠告していたが、次第に触れなくなった。
ある夜、二階から一晩中唸り声が続き、救急車を呼んだ。私が一緒に救急車に乗り込んだ。
もう、その時は、身動きできる状態ではなかった。
検査の結果は「ガン」で、生きているのが不思議なくらいの数値だった。
北山さんは、目の前で集中治療室に運び込まれた。急に不安になって、北山さんの携帯を使って身内に連絡をとっていた母に「お姉さんに早く病院に来てもらって」と言うと、母の言葉が重い。
「それが・・・お姉さんが病院には行けないし、電話もしてこないでって言うの」。
私が愕然としていると、看護婦さんや手に点滴をしたままの患者たちが目の前を通りベランダへと向かう。
私もベンチから立ち上がり引き込まれるように向かった。

患者たちはレントゲンのシートを頭の上にかざし、空を見上げていた。
看護婦さんが「はい」と私にも手にもたせた。私も誰かのあばら骨を頭の上にかざし、空を見上げると、骨の間から皆既日食が見えた。
患者たちは涙を流しながら空を見上げている。

それから3時間後、北山さんは、亡くなった。
母が、親戚を調べてなんとか連絡ができた。そして、わかったことがある。
そもそも「北山さん」ではなかったのだ。脳腫瘍で亡くなった奥さんは生きていたし、離婚していた。
とにかく全てが嘘だった。
母と私と妹で、架空の間柄を設定し、「北山さん」の葬式に行った。
帰り道、家族全員「北山さん」の話を思い出した。
実家の裏山にいちじくの木があって、ものすごく美味しいという話。私たちは山を登ってみた。
そこには、いちじくの大きな木があったのだ。