sanuki story project

21~夕陽の祈り~ 香川県  翠蓮さん
切ない話 家族ネタ・子ども時代
 「あ、看護婦さん、こんにちは!」
 そう言って階段を駆け上がる私を、看護師さんは、いつも悲しそうに見つめていた。
 息を切らせて2階に駆け上がる。母を起こさないように、そっと病室のドアを開ける。でも、そこには誰もいない。南向きの暖かな部屋に、ぽつんとベットがあるだけだ。そんな日が、もう1週間も続いていた。そして、とうとう私は諦めてしまった。
 重い足取りで屋上にあがり、遠く街並みを眺める。あの道は、母が会社に通う道。あの夕陽は、母が元気になるよう、毎日祈った夕陽。小学校を出てすぐの曲がり角は、この間病院から呼び出されて走ってて、うっかり転びそうに場所。そして、病院から家へと続く道は、父が泣きながら死んだ母を抱きかかえて帰った悲しい道。
 母がこの世からいなくなったことをどうしても認めたくなくて。うちは貧乏だったから、きっと母はお金がかからないように、こっそり治療してるんじゃないかと思って。そんな母を見つけようと、母がいなくなった後も、私は毎日病院に通ったのだ。そして、母はもうこの世にいないんだと認めた瞬間、屋上からの街並みが、涙でいっきににじんだ。

 「雪が空からお迎えに来るよねぇ。」
 葬儀の日、あとからあとから降ってくる雪を見上げながら、弟がつぶやいた。涙で肩をふるわせる弟の前で、どうしても泣くわけにはいかなかったのだ。

 大丈夫。ここなら泣いてもいいんでしょう?お母さん、ごめんね。私、お母さんのこと、助けてあげられなかったね。本当にごめんなさい。お母さんのいなくなった世界は、色をなくしてしまった世界。私の心には、何もうつりません。お母さん。もう一度、もう一度だけ会いたいです。お母さん。お母さん。
 そして、大人になった私は、四国遍路を始めた。こどもの頃、夕陽に向かって母を助けて下さいと祈った気持ち、そのままに。

 「どうしてお母さん、死んでしもうたん?」
 ぽつりとつぶやいた弟のその言葉に、どうしても答えがほしくて。

 そうして祈りの中、今も私は答えを求めて旅の途中だ。